人間関係のヒント

落ちぶれている人や会社に手を差し伸べてはいけない。縁を切ろう。それこそが本当の優しさだ。

人生がうまくいく人は、「不要な人間関係はどんどん切ったほうがいい!」と考えている人が多いです。

「モノなし、見栄なし、しがらみなし 持たないヤツほど、成功する!」という本でも、

  • 賞味期限が切れている人、会社からはどんどん離れろ!
  • 落ちぶれている相手に手を差し伸べようとするのは自己満足にすぎない
  • 落ちぶれている相手はちゃんと地獄に突き落としてあげて、そこで自分の課題を見つけて修行させてあげて、無事に修行を終えて這い上がってきたらそのとき初めて「おめでとう」と声をかけてあげればいいんだよ

という話が書いてあります。

食品に賞味期限があるように、人や会社にも賞味期限が明確に存在する。
食品と同じで、やはりこの世のすべてには旬があるのだ。
人や会社の旬には、人とお金が次々に集まってくるからとてもわかりやすい。
人と会社が旬を過ぎると、まもなく人とお金が去っていく。
ただ、人と会社はたとえ旬を過ぎても、努力と工夫で持ちこたえることが可能だ。
持ちこたえることができなくなると、いよいよ賞味期限切れということになる。
その結果、性格も歪んでふて腐れてしまう。
人と会社はふて腐れた瞬間が、賞味期限切れなのだ。
とっくに賞味期限が切れている人や会社とナァナァの関係で付き合っていると、あなたも一緒に落ちぶれていく。
それは腐敗した食品の傍らに別の食品を置いておくと、瞬く間に腐敗が移るのと同じだ。

「それではあまりにも冷たいではないか!」と憤慨する人も登場しそうだが、冷たいのではなく、栄枯盛衰という自然の摂理を正面から受容することが大切なのだ。
上から目線で落ちぶれた相手を救ってやろうなどと自然の摂理に反することをすれば、あなたがその相手以上に見るも無残に落ちぶれることは間違いない。
もしその相手が復活してくるのであれば、必ず断崖絶壁から自力で這い上がってくる。
旬が過ぎても努力と工夫で持ちこたえられる人は、実は旬の時期から準備をしていた人なのだ。
旬の時期から旬が過ぎた場合のことを真剣に考えて、粛々と種を蒔き続けてきた人だけが持ちこたえることができるのだ。
それができないということは、もともとその道でプロとしてやっていくことなどできなかったということだ。
あなたの周囲にふて腐れた相手がいたら、うっかり自己満足で手を差し伸べないことだ。
ちゃんと地獄に突き落としてあげて、ワンランク上の愛情で黙って見守ってあげることだ。
地獄に突き落とされた相手は、ちゃんと地獄で自分の課題を見つけて修業しているのだ。
無事に修業を終えた人間は自然に這い上がってくるから、そこで初めて「おめでとう!」と声をかければいい。
「これがいったん別れる」の真意なのだ。
本当にできる人は、どん底から自力で這い上がってくる。

by「モノなし、見栄なし、しがらみなし 持たないヤツほど、成功する!」より

「落ちぶれてるやつは、きちんと地獄につきおとしてあげよう」
というのは、なかなか鋭い言葉ですねw

正直いうと、僕はここまでハッキリとは達観できないことも多いです。
どん底に落ちている人はついついかわいそうになってしまい、少なからず手を差し伸べようとしてしまうことがあります。

でも同時に、それは自己満足にすぎないことも理解しています。
「手を差し伸べるだけ」が優しさではない。
中途半端に手を差し伸べることは、その人の成長機会を奪ってしまうことに繋がるかもしれない。
これはこれで一つの視点としてもっておくことは大事かと思います。
だから僕は、「ついつい手を差し伸べてしまうことがある」とは言いつつも、必要以上に手を差し伸べることはしませんし、またあまりに限度がすぎている相手はドンと突き放すこともあります。
例えその相手が恋人だろうと、親だろうと、長年の親友だろうと、関係ありません。

落ちぶれている人に変に手を差し伸べようとすると、その人も甘えてしまい成長しなくなってしまうでしょうし、また自分自身も流されて一緒に落ちぶれてしまう可能性が高いので、それでは誰も幸せにならないんですよね。
そういう相手はきちんと突き放し、現状をハッキリと認識させる。
そのほうが、「長い目でみるとみんなが幸せになることができる道」であることも多いんです。